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大阪地方裁判所 昭和38年(ワ)4354号 判決

原告 甲野A子

〈ほか三名〉

右四名訴訟代理人弁護士 山本敏雄

同 小泉要三

右山本敏雄復代理人弁護士 宮井康雄

被告 甲野B子

右訴訟代理人弁護士 植田完治

同 上田潤二郎

〈当事者など仮名〉

主文

一、原告らが別紙表示の被相続人(亡甲野一郎)の相続人たる地位を有し且つ、右被相続人の相続財産につき各自夫々一二分の一宛の相続分を有することを確認する。

二、別紙目録記載の預金債権が、右被相続人の相続財産に属することを確認する。

三、原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

四、訴訟費用はこれを三分し、その一を被告の、その余を原告らの負担とする。

事実

第一、当事者双方の申立。

(原告ら)

(一)、第一次請求として、

一、原告らが別紙表示の被相続人(亡甲野一郎)の相続人たる地位を有することを確認する。

二、被告が、右被相続人の相続人たる地位を有しないことを確認する。

三、別紙目録記載の各資産が、右被相続人の相続財産に属することを確認する。

(二)、第二次請求として

一、主文第一項と同旨。

二、第一次請求の三と同旨。

の各判決と訴訟費用を被告の負担とするとの申立。

(被告)

(一)、第一次請求につき

一、第一次請求の二の訴を却下する。

二、原告らの其の余の請求を棄却する。

(二)、第二次請求につき、

原告らの請求を棄却する

との各判決と訴訟費用を原告らの負担とするとの申立。

第二、当事者双方の事実上並びに法律上の主張。

(請求原因)

一、被相続人甲野一郎(以下亡一郎と略称)は、昭和三三年四月七日死亡し、相続が開始した。

二、原告らは、亡一郎の実弟亡甲野二郎(以下亡二郎と略称)の子であるが、亡二郎は昭和二一年九月二七日死亡している。しかして、亡一郎には他に直系卑属又は尊属としての相続人はなく他に兄弟もいないから、原告らが亡二郎の代襲相続人として亡一郎の相続人たる地位を有する。

三、尤も、亡一郎は、戸籍面上は、亡二郎と兄弟とはなっていないが、これは明治八年四月二二日亡一郎出生の際、亡一郎の父三郎、母C子が協議の上、C子の養父四郎同人妻D子間の長男として入籍し、其後、明治一三年七月二二日、亡二郎出生により、これを三郎、C子間の長男として入籍したためである。

四、従って、仮に戸籍面記載のとおりであったとしても、一郎の姉として記載してあるC子が大正一〇年九月一三日死亡し同人の直系卑属が原告らの父亡二郎であるから、この点からしても原告らは代襲相続権を有する。

五、一方、被告は、昭和三〇年二月二六日、亡一郎と婚姻届をなして、配偶者となっていて表見上、亡一郎の相続人の地位にあるが、右婚姻は無効であるから、被告は、配偶者としての相続権も有しない。

右婚姻無効の原因は、(1)亡一郎において被告と真実婚姻をする意思を有せず、(2)婚姻届出も亡一郎の届出意思を欠くことによるものである。右届出は、被告が勝手に一郎の印鑑を冒用してなしたものである。

六、また、別紙目録記載の資産は、亡一郎死亡当時同人の所有に属した相続の対象となる遺産である。

七、然るに被告は、前記婚姻の有効を主張し、また、原告らが相続人の地位にあることを否認し、自己のみが亡一郎の相続人であると主張し、且つ別紙目録記載の資産は、亡一郎の生前に贈与を受けたもので、遺産を構成せずと主張しているが原告らはこれを争う。而して、仮りに贈与を受けたとしても被告は登記を経ていないから、これを原告らに対抗できない。よって、原告らは被告に対し、原告らが相続人の地位を有し、被告が相続人でないこと並びに別紙目録記載の資産が亡一郎の相続財産に属することの確認を求める。

八、仮りに、請求原因五の主張が認められないときは、亡一郎の相続人は被告と原告らであり、その相続分は被告が三分の二、原告らが各一二分の一となるから、同じく原告らが相続人たる地位を有し且つ一二分の一宛の相続分を有することの確認を求める。

(被告の本案前の申立の理由)

一、原告が、亡一郎と被告の婚姻無効の原因として婚姻意思の欠缺を挙げているが、婚姻の無効原因は、民法七四二条に限定される。而して同条第二号の届出欠缺の場合は婚姻の不成立というべきであり、厳密には同条第一号の婚姻意思の欠缺の場合のみが無効となる。

二、而して、婚姻の無効は、訴を以てのみ主張し得べく、これに基く無効宣言の判決をまって始めて無効として取扱うべきで、かかる訴訟の判決をまたずして何人も他の訴訟の先決問題として婚姻無効を主張できない。このことは、婚姻無効の訴が形成訴訟であることからいっても当然である。

三、よって、本訴原告が単に攻撃防禦方法として婚姻の無効を主張し、被告が亡一郎の相続人でないことの確認を求める請求は権利保護の資格なきものとして却下を免れない。

(右に対する原告の答弁)

一、本件婚姻の無効は当然無効であり、無効の一般原則に基き、利害関係人は、他の訴訟でその無効を主張し得る。とくに、原告は届出意思の欠缺による届出の無効をも主張しているのであり、この場合は先決問題として主張し、判断を受け得べき場合である。

(被告の本案の答弁と抗弁)

一、請求原因の認否。

(一)、請求原因の一は認める。

(二)、同二は原告が亡二郎の子であること、亡一郎に直系卑属及び尊属の相続人なく兄弟姉妹のいないこと亡二郎がその主張の日に死亡したことは認めその余は否認する。

(三)、同三は、亡一郎が戸籍上、四郎と同人妻D子間の長男となっていること、亡二郎が三郎、C子間の子であること、亡一郎と亡二郎の出生年月日がそれぞれ主張のとおりであることは認め、その余は否認する。亡一郎は戸籍面どおり、四郎、D子間の長男であって、亡二郎と兄弟関係は存しない。

(四)、同四は、戸籍面上主張のとおりであることは認めるが、その主張は争う。

(五)、同五は、被告がその主張の日、亡一郎と婚姻したことを認め、その余は否認する。

(六)、同六のうち、別紙目録記載資産中預金債権が亡一郎の遺産であったことは認め、その余は否認する。別紙目録記載各不動産は、被告が昭和三一年三月一五日、亡一郎から贈与されたものである。

二、抗弁

(一)、仮りに亡二郎が亡一郎の実弟だとしても、原告らには代襲相続権はない。即ち、旧民法第八八七条によれば、第一順位の相続人である直系卑属について親等の異なった者の間では近い者を先にし、親等の同じである者の間では同順位で相続人となる旨規定され、次いで第八八八条に代襲相続の規定が置かれている。従って、子と孫というように親等の異なった者の間では親等の近い方の子が原則として優先するが、その例外の場合として代襲相続の要件をみたす場合にはその孫が子の順位に引き上げられて相続する。しかし孫同志の様に親等の同じである者の間では代襲相続の規定の適用なく、原則どおり直系卑属としての固有の資格において相続が行われる。

ところが、本件の様に原告らと被相続人とは「おい」「めい」の関係にあり、孫の相続の場合と異なり固有の相続権を有せず、しかも、被相続人の兄弟姉妹は本件相続当時全部死亡して原告らと親等を異にする相続人は存しない。かかる場合においては、代襲相続の規定が異なる親等の相続に関する規定であり、親等を同じくする相続人間には適用されないものであるから原告の主張は失当である。

(二)、四郎、C子間の養子縁組は、いわゆる「仮親縁組」によるもので無効である。即ち、四郎がC子を養女とした明治一〇年二月当時、四郎と妻E子間には長男五郎があり、後妻D子との間に長女F子、長男一郎があり何等C子を養女とすべき必然性はなかった。しかるに、C子の夫三郎は、明治初年広島より同郷人の四郎をたよって上阪し、四郎の紹介で○○市○○○の船具店に奉公したが、四郎を第二の親と思っていたところ、当時、同船具店に奉公していたC子と内縁関係を結び、四郎もこれを夫婦にすべく考えていた。そうして、C子が養女となった二年後に分家し、三郎と入夫婚姻している。かかる事実からして右C子の養女は昔時よく行われた所謂「仮親縁組」「借養子」「苗字拝借」等に類する縁組意思を欠いた無効の縁組である。

(三)、別紙目録記載の預金債権は、被告において亡一郎の葬儀並びに法要のため支出した別表記載の合計二〇二、八〇〇円の費用の一部に充当した。およそ、葬儀並びに法要のため必要な費用は、相続財産を以て支弁するのが当然であり、被告が右預金を右費用に充当したのは、法律上事務管理として許されるものであるから、主張の預金は現存せず遺産の対象とならない。

(抗弁に対する原告らの反論と再抗弁)

一、代襲相続権がないとの主張は争う。

(1) 旧民法は、先ずその第八八七条に第一位的に「直系卑属の相続権」を、次いで第八八八条に第二位的に「右直系卑属の直系卑属の代襲相続権」を規定している。然して、第八八九条第一項は、右二ヶ条を受けて、それらによって相続人となるべき者がない場合における「直系尊属」及び「兄弟姉妹」の相続権を認めている。更に同条第二項は「前条の規定は、前項第二号の場合にこれを準用する」と定める。

(2) 従って、これらを綜合し、兄弟姉妹の相続権に関し整理すれば、

①被相続人の兄弟姉妹は、

(イ) 被相続人の直系卑属

(ロ) 被相続人の直系卑属の直系卑属たる代襲相続人

(ハ) 被相続人の直系尊属

のいずれもがない場合、初めて被相続人の相続人となる。

②その場合相続人となるべき兄弟姉妹が相続の開始前に死亡した場合に於てその者に直系卑属があるときは、その直系卑属は、その者と同順位で相続人となる。

(3) 本件原告らは、まさにこれに該当し、右が旧民法の文理解釈上当然の帰結である。

二、四郎、C子間の養子縁組無効の主張について。

(一)、縁組無効の主張は、必ず養子縁組無効の訴によってのみこれを主張すべきであり、別訴の攻撃防禦方法として主張することは許されないからこの主張は失当である。

(二)、その主張を否認する。本件養子縁組は当事者間の完全なる縁組意思に基くものであって有効なこと論を俟たない。

三、預金債権が相続財産に入らない旨の主張について。

主張のとおり支出したことは不知。仮りに若干支出したとしても、亡一郎と同棲して来た間柄の者として、性質上当然なしたものであり、被告自らが負担する趣旨に於て支出したものであって、相続財産の負担に帰すべきものではない。

第三、証拠関係≪省略≫

理由

一、被相続人亡一郎が昭和三三年四月七日死亡し、同人につき相続が開始したことは当事者間に争ない。

二、原告らはまず相続権の前提として亡二郎と亡一郎が実の兄弟であると主張し、被告はこれを争うので判断するに、≪証拠省略≫を綜合すると亡一郎は三郎、C子間の子であって(亡二郎が三郎、C子間の子であることは当事者間に争ない)亡二郎と実の兄弟であることが優に認められ、他にこれを積極的に覆えすに足る証拠はない。そして、前掲証拠によれば戸籍上、亡一郎が四郎の長男となっているのは、当時、三郎、C子が内縁関係にあったため、四郎が面倒をみていたC子の子を自己の戸籍に入籍せしめたものと認められ、他にこれに反する証拠はない。

三、よって亡二郎が生存していたならば、他に直系尊卑属の存しない本件の場合、その余の点を判断する迄もなく、弟としての相続権を有したことは明かである。そして、原告らが亡二郎の子であることは当事者間に争がないから、原告らは代襲相続権(亡二郎の死亡が応急措置法施行前であるから、民法改正(昭和二二・法二二二号)附則第二五条第一項により旧民法に基く)を有すること明かである。被告はこの点法律上原告らに代襲相続権はないと主張するが、これに対する当裁判所の判断は、右被告の主張に対する原告の反論(前記抗弁に対する原告の反論と再抗弁の項一の主張)を理由ありと認めるのでこれを採用する。

そうすると、一先ず原告らの代襲相続権に基く亡一郎の相続人たる地位を有することを前提とする主張は理由がある。

四、そこで次に原告らの、被告と亡一郎間の婚姻無効による相続権不存在の主張につき判断する。

(一)、この点において被告はまず、右は独立した訴によるのでなければならず、別訴の前提問題として主張することはできないと主張し、訴の却下を求めているが、本件の如く、相続人たる地位を有する者が、被相続人との間に戸籍上相続権のある身分関係を表見的に有する者に対し、その戸籍上の身分関係が当然無効であることを前提にその相続権を有しないことの裁判を求めようとする場合においては、右身分関係の無効(存否)を前提問題として主張しうる(もとよりその裁判の効力はその身分関係に何らの変動(形成又は確認の効力)を及すものではない)と解するので、被告の本案前の抗弁は失当として排斥を免れない。

(二)、そこで、婚姻無効の主張の実体に立入って判断するに、成程、≪証拠省略≫を綜合すると、(イ)亡一郎と被告との年令差とその婚姻届のなされたときの両者の年令、(ロ)証人○○○○の証言や被告本人尋問において始めに述べた結婚式の日が、婚姻届のそれと異ること、(ハ)、婚姻届の証人欄に記載されている者が被告側の縁者のみであり、しかも、その本籍、住所の記載にも誤りが存すること、(ニ)婚姻届の亡一郎の署名が同人の筆蹟ではなく、且つその印影が亡一郎が常に用いていた、黒色肉を用いられていないこと、(ホ)昭和三年以来内縁関係にあり乍ら三〇年もの間届出をせず、病を得て死期が近づいたと察せられる段階になって漸く届出がなされていること、など(以上、原告らが昭和四〇年一一月四日付請求の趣旨訂正申立書で指摘する事実)が認められ、これらを綜合すると、原告らの主張も全く根拠のない言いがかりとも言えない様にも思える。しかし、一方≪証拠省略≫によると、被告は亡一郎が先妻G子と協議離婚した昭和二年九月二三日(前記甲第一一号証による)の前後において、亡一郎に紹介され、当時、ヒサは右離婚に先立って別居していて、亡一郎は男手一つで病身の子H子(後昭和五年に死亡、前記甲第一〇号証による)を抱えていたので、被告がその世話をするうち、亡一郎の気に入られる様になり、昭和三年一〇月三日頃、内輪の披露をして内縁関係に入り、爾来、事実上夫婦として生活を共にして来たものであり、その婚姻届を出さなかったのは、右結婚当時は、まだ前記H子が生存していたため、亡一郎には、被告に子ができる迄は一時届出を留保したい気持があってこれを直ちにはしなかったのであるが、昭和五年に右ふさが死亡して後は、亡一郎も早く届出ようとの意思は持っていたが、最初の遅れの隋性から遂に昭和三〇年に及んでしまったものであり、右届出当時において、亡一郎は病床にあったがその手続一切を被告に委せたことが伺えるところである。若しそうだとすれば、前記(イ)(ホ)の疑問はその様な事情にあれば首肯できないことではなく、また被告本人尋問の結果によると前記(ロ)の点は結納の日と間違えて記載したのだと、(ハ)の点は証人は誰でもよいということであったのでたまたま来合わせた親類の者に依頼したのだと、また、(ニ)の点は代書屋に依頼して記名押印せしめたのだというのであり、そうすれば(ロ)古い昔のことであるから一ヶ月の隔りにすぎない結納の日と取り違えること、(ハ)証人自身に本籍、住所を自書せしめなくてもよいのだから、この部分は被告の方で書いたと考えられることからそれぞれ間違も生じ得ようし、(ニ)亡一郎の署名印の態様が常と異ることは当然であると考えられ、それぞれに一応の理由があり、且つその理由はいずれも首肯できないことではない。従って、前記(イ)乃至(ホ)の疑点はその個々の点によってはもとより、それらを綜合してもなお、前記証人○○○○の証言と被告本人尋問の結果認められる事実を覆えして、亡一郎の婚姻並びにその届出の意思の欠缺を積極的に立証するに足る資料とすることはできない。

よって、原告らの被告と亡一郎の婚姻無効を前提とする主張は失当として排斥を免れない。

五、そこで次に相続財産の範囲の確認を求める請求について判断する。

(一)、まず、かかる訴の適法性について、前認定の如く、被告に対する婚姻無効を理由とする相続権不存在確認の請求が理由ない以上、被告は、原告らとの共同相続人なのであるから、原告らは個々の資産について端的に各相続分に見合う共有持分権の確認請求をなすべきでないかとの疑問もないではないが、本件の如く、被告がその前提たる相続財産に属することを争う場合においては、一先ず、個々の資産が相続財産であったかどうかの確認を求めることによって、その段階で一応の紛争の解決に益するから、かかる請求も許容できると考える。

(二)、別紙目録記載各不動産について。

別紙目録記載各不動産が、本件相続開始の時から今日まで、亡一郎の名義であることは弁論の全趣旨によって被告もこれを争わないところである。然るに、被告はこれを亡一郎の生前に贈与を受けたと主張し、原告らはこれを争うので判断するに、≪証拠省略≫を綜合すると、別紙目録記載の各不動産(以下本件不動産という)はいずれも、前認定の亡一郎と被告の結婚後、取得したものであるが、亡一郎は被告に子がなく、親交のある親類もなかった(亡二郎及び原告らと亡一郎は折合いが悪く親しい付き合はなかった)ところから、亡一郎は、自己の没後の被告の生活を心配していて、昭和二五年頃、本件不動産を被告に贈与して所有権移転登記手続をすることを画したが、贈与税の高額であるところから一旦これを中止し、その後、昭和三〇年二月二六日、前記婚姻の届出をしたが、昭和三一年三月一日、脳出血でたおれ、病気の性質上、いつ死亡するかも知れない状態になったため、同年三月一五日、被告に対し、本件不動産を自分の死亡後の被告の生計の資に充てるために贈与したことが認められ、他にこの認定を積極的に覆えすに足る証拠はない。尤も、原告らが指摘する(昭和四〇年八月一九日付準備書面第一の五及び、同四一年一月七日付準備書面第二の一)如く、(イ)死後の被告の生計のためならば、既に婚姻していて、その相続分があるのだから重ねて贈与の要がないと考えられること、(ロ)被告が始め贈与を主張した時の目的財産の範囲と後に主張したものとで異なること、や、被告本人尋問においても自認する(ハ)被告は本訴に先立ってなされた家庭裁判所における遺産分割調停事件においては何ら贈与の主張をなさず、本訴もその半ばに至って始めてこれを主張するに至ったこと、(ニ)贈与の後直ちに登記せず、現に登記を経由していない等、贈与の事実自体に疑を抱かしめる様な事柄も存しないではない。しかし右(イ)の点は、亡一郎において、例えば原告らの如き他の相続人の存在を意識して(少くとも亡一郎においては亡二郎が自己の実弟であることを知っていたことは前記第二項の争点の判断に供した証拠からも明かである)、これらを排するにはすべてを贈与して置かなければならないと考えたと推認することができる。即ち、弁論の全趣旨に徴し、亡一郎はかなり所謂しわい人間であったと考え得るから、自己の遺産を平素余り付き合いのなかったむしろ折合いの悪い亡二郎の子供達である原告らの手に渡すことを潔ぎよしとせず、これを長く連添った被告に全部渡る様にと考えたことは容易に推認できるところである。原告らは、それならば相続放棄をさせるか、その旨の遺言をすればよいという(前記昭和四〇年八月一九日付準備書面)が、前認定に徴し、原告らに相続放棄を求めることは困難であり、又その困難が予想され得たからこそ贈与したと考えられ、又、遺言という法律上の手段に考え及ばなかったとしても必ずしも不自然ではない。次に(ロ)の点は、訴訟代理人との連絡上の不充分乃至は単純な手続上の過誤と考えられ、(ハ)の点は、被告本人尋問によると、調停事件での争点が専ら原告らの相続権の有無に集中していたため、調停事件の訴訟代理人(本訴と、調停では異っている)らにおいてこれを押えていたことが、また、本訴においては、当初の原告の主張(請求)との関連において被告から積極的に個々の資産における贈与の有無を争点に持ち出す必要が感ぜられなかったからであるとも考えられる。また、(ニ)の点は、最も不審な点(亡一郎名義のまま放置しておけば、直ちに他の相続人から相続財産として捕捉されてしまうから、贈与したなら速かに名義変更の必要がある。)であるが、当時、亡一郎の病状の悪化という事態下において手続が遅延していたと考えられないでもない。その様に、右不審な点についてはそれぞれ、一応首肯し得る事情がないでもないところ、他方前認定と積極的に抵触し得る反証は何ら存しないから、被告の贈与の主張については、その立証があったものといわなければならない。

なお、原告らは、被告は右贈与について登記を経ていないからこれを原告らに対抗できないと主張するが、原告らは亡一郎の相続人であるから、右物権変動について登記の欠缺を主張する正当な利益を有する第三者には該当ない。

よって、本件不動産が相続財産に属することを前提とする原告の請求は失当として排斥を免れない。

(三)、預金債権について。

別紙目録記載預金債権が亡一郎死亡当時その相続財産に属していたことは当事者間に争ない。被告は、これは別表記載の葬祭費用に充当したと主張し、≪証拠省略≫によりその主張に副う事実が認められ、他にこれに反する証拠はない。そして被告は別表記載の葬祭費はいずれも相続財産より支弁さるべきものであるから、これは相続財産から除外さるべきであると主張するが、現実に出捐した葬祭費用をいずれの相続人が、いずれの割合で負担するかは遺産分割手続の過程において決せられるべき事柄であり、仮に、右費用が取敢えず本件預金から支弁され、それが被告において、事務管理としてなしたものであっても、後に精算手続においてその債権債務の帰属が決せらるべきものであり、抽象的にある資産が被相続人死亡当時の相続財産を構成していたことの確認を求める本訴請求においては考慮する必要のない事柄であり、まして、葬祭費に支出した以上さかのぼって相続財産から除外されるという被告の主張は容易に首肯し難い。

よってこの部分について、それが亡一郎の相続財産に属することの確認の求める原告の請求は理由がある。

六、結論

以上の次第であるから、原告の第一次的請求中の被告が亡一郎の相続人の地位を有しないことの確認請求は理由がないからこれを棄却し、原告らが相続人たる地位を有することの確認請求はその第二次請求でする原告らの相続分各一二分の一の限度において理由があるのでこれを認容し、その余(第一次請求から第二次請求を除いた部分)は棄却し、別紙目録資産が相続財産に属することの確認は預金債権の部分に限り理由があるので認容し、その余は棄却することとし、訴訟費用につき、民事訴訟法第八九条、第九二条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 潮久郎)

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